| 患者第1号 |
かくして今から13年前の1988年10月、おそらく北海道内では始めてのブローネマルクインプラントの治療が開始されたわけです。 私がこのインプラントシステムとアメリカではじめて出会ってから3年目のことでした。 あの患者さんの一言にショックを受けてから実に10年の歳月を要したわけです。
現在両親は80歳になろうとしていますが、何不自由なく好きなものを食べて食生活を楽しんでいます。 そばで見ていますと、あたりまえに不自由なく食べ、噛めると言う食生活そのものが、いかに人生を豊かにするかが実感できます。 私が両親にできた数少ない親孝行の一つであったと今でも自負しています。
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| ブローネマルク教授との出会い |
| 私はその後、1990年にスウェーデンで行われたインプラントに関する国際学会に参加し、このインプラントシステムの考案者であるブローネマルク教授にお会いして、つぶさに本場スウェーデンでの臨床を紹介していただきました。 その際世界中からのインプラントの臨床家と交流を深め、ここ札幌にもインプラントを専門に行える診療所が必要であると確信しました。 |
| インプラントセンター開設 |
| 帰国早々にこの計画に着手しましたが、私はすでに診療所を開業していましたので、とても私一人で出来る事ではありませんでした。 でも神様はまだ私をお見捨てになりませんでした。 すでに大阪でインプラントセンターを開設していた古くからの友人であり師匠でもある川村先生からは、快くそのノーハウを提供していただきました。 また人材捜しに奔走していた頃に参加したある学会で、偶然にパートナーの谷内先生を紹介され、北海道医療大学・歯学部口腔外科で長年にわたり研鑚をつみ教鞭をとってきた彼に私のインプラントにかける思いのたけを話し、すっかり意気投合しあったのです。 その結果、谷内先生には全面的にインプラントに関する外科手術を担当してもらい、私は歯冠修復を担当すると言う体制のもと、おそらく当時北海道では初めてのインプラント専門の歯科診療所として「オッセオインプラント・センター・サッポロ」を立ち上げました。 |